風俗の歴史 江戸時代の風俗・遊郭

江戸時代に大規模な風俗街が登場し、さらに士農工商という格差付けの影響からか風俗でも格付けがされ、高級遊郭の太夫ともなると一般庶民が頑張ってもお目にかかることさえ出来なかったようである。
大阪の夕霧太夫のいる新町、京都の吉野太夫のいる島原、江戸の高尾太夫のいる吉原の遊廓は、三大遊廓(長崎・丸山を入れる説もある)と呼称された。この他にも江戸時代には、全国20数カ所に公許の遊廓が存在した。最大の遊廓は江戸の吉原で、新吉原ができた頃には300軒近い遊女屋があったと言われている。
吉原について言うと、なぜ遊郭を町の真ん中に置いたかというと、犯罪人摘発のためである。吉原に来て金を使いすぎるとか挙動不審な者、あるいは無宿者を検索する秘密警察、高等警察の出先機関として、遊郭を利用していた。

また、江戸時代の銭湯では、男女混浴が当たり前で、いい女には、あちこちから手が伸びてきて、ゆっくり入れなくて、大変だったそうですし、江戸時代の銭湯には「湯女」という女性が存在しました。江戸の性と言えば、春画である。『江戸の性風俗』でも触れているように、春画には様々な用いられ方があったし、ただのポルノグラフィーではない機知に富んだ様々な仕掛けがある。さらに、そこに描かれている出来事を観察することは、江戸時代の男女の性意識を知る手掛かりともなるのである。

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